オーストラリア香光大仏寺
仏教を学ぶ: 何を学ぶのか?
宇宙の法則、真理、正道を遵守する
老いず、病まず、霊性が死ぬことのない方法を世の人々に教え、 純粋で善なる人生へと歩み、 自在に行き来し、あるいは西方極楽世界へ往生することを教える
仏法教育とは何か?
佛法教育,教育大眾事實真相、宇宙準則真理正道, 依循而行,自然無災變; 若違之而行,乃至而起心動念,即是造業。 大乘佛法為成佛之道,故因心而論, 於微細處皆當有覺,而開悟見性,見性成佛。 -- 《佛之心語》:廣行佛法教育

南無阿弥陀仏と西方極楽世界を知る
一心に「南無阿弥陀仏」の六字の洪名を称え、 信・願・行を通して、 衆生の苦しみを知り、西方極楽世界への往生を願い、 究極の解脱と喜びを得て、 自らを度し、衆生を度して西方へ往生する。
宇宙の法則、真理、正道を知る
衆生を導き、因果の法則を理解させ、善悪と六道輪廻の真の姿を見極め、真実と虚幻を分別させる。 戒・定・慧を経て、 私有を無私へ、有我を無我へと転じ、 苦を幻と知り、悟りを開けば、仮をもって真を修め、真相を見る時を得る。
身心霊を浄化し、心から取り組む
何を浄化するのか? この身の六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)を浄化する。 心霊を浄化し、霊性の成長を助け、霊性の質を高め、鋭敏な覚知を現す。 修行は心から取り組むものであり、内に求め、外に求めてはならない。 心は本来具足しており、欠けるところはない。ただ染まりゆくがゆえに、具足を見ず、欠けのみを見るのである。
人体が「テクノロジーの中のテクノロジー」であることを発揮する
身体が「テクノロジーの中のテクノロジー」とは何か? 例えば、両眼と五眼が円明であれば、 空間の中に空間があり、無数の空間が存在することを見ることができる。 空間を開き、千百億年の間、誰も超度しなかった空間の衆生を超度することができる。 空気中に無数の衆生が満ち、経を聞き法を聴き、あるいは三時繋念法要を待ち、 超度を受けるのを待っているのを見ることができる。 冤親債主、憑依した衆生、魔衆が身体の中に分布する状況や、 衆生が集まり老化や病痛が生じている場所を見ることができ、 それによって衆生を和解させ、超度するなどの身心霊療法を行うことができる!
“私は仏であり、人を救いに来た仏である。 私は仏であり、自性を持っており、本来私は仏である。”
身心霊の浄化
仏語を聞き、個性を改める:
本来の清浄なる面目を取り戻す
修行的種種方法是為了去除染汙,恢復本來清淨。 所謂染汙為起心動念、心有波動之下的行為、言語及念頭。 念頭入識,入識成業,造下身語意三業, 且與過往業力相牽業現,如何能清淨? 修行淨土,乃淨化自心佛國土, 由汙染之穢土經過淨化而轉清淨之佛國土, 故如何淨化身心靈,乃至入清淨之身心靈,而尋回自性, 是為重要之事。
『身体はテクノロジーの中のテクノロジー』
2025/3/7『夏蓮居老居士開示』 「例えば、無数の千百億の化身を化現し、法身が超度する時、無数の空間を突破し、地球、法界、宇宙、銀河系、天外天、異類、邪魔外道、無数の魔衆を西方法性土へ超度することができる。」
『仏法教育を広く行う』
2026/07/26 『仏の心語』 「心において、一句の仏号を最後まで念じ続けることは、 古今東西の様々な修行者たちの心を貫くものである。 それは仏法教育を広く行う上で非常に重要な一環である。」
『身心霊を浄化する』
2024/7/20「仏の心語」 「浄土の修行とは、自心の仏国土を浄化することであり、 汚染された穢土を浄化を経て清浄なる仏国土へと転じることである。 ゆえに、いかにして身心霊を浄化し、清浄なる身心霊に入り、自性を尋ね出すか……」
「心王」
2025/2/23「仏の心語」 「修行は心に功夫を下し、内に求めて外に求むるなかれ。 心は本来具足しており、欠けるところはない。ただ染まりゆえに、具足を見ずして欠けのみを見る。」
「身体の奥妙」
2025/10/10「夏蓮居老居士開示」 「身体の奥妙は、 浄土の二力法門における自力の活用を経て、 阿弥陀仏の仏力の慈悲なる加持を得ることで、 個性を改め、二六時中、仏号を相継ぎて中断せざれば、 身心霊の浄化に浄化を重ね、自然の本能が現れん、」
「仏号不断」
2023/1/28「夏蓮居老居士開示」 「香光の諸子よ、 二六時中、阿弥陀仏は常に皆を見守っておられる。 真心を込めて切に仏号を称えれば、仏は皆のすぐそばにおられる。」

我を捨て、身を捨て、受を捨て、念を捨てる
経を聴き法を聞く
個性を改める
蘇居士講經, 講解《佛之心語》及老師夏蓮居老居士之開示, 開示淨土修學、改個性的重要性, 學佛見性,首當遵守宇宙準則、真理與正道, 方能承傳弘揚淨土。
一句の南無阿弥陀仏、
一冊の『仏説大乗無量寿荘厳清浄平等覚経』を教えのままに奉行する
学仏の重点はどこにあるか?
修行の重点は心にある。 誰が利己的でないだろうか? 学仏とは、善き心を存し、善き言葉を語り、善き行いをなし、善き人となることである。 もし何事も善く考え、他人のために思えば、修行に功夫があるといえる。 そうすれば、老いず、病まず、霊は西方極楽世界へ移民できる。 人道に道はなし、自ら救うべし!
出口はどこにあるか?
この一句の仏号を称えれば出口がある。大部分の人は死に、輪廻する。 一句の仏号を唱え続ければ、老いず病まず、霊は死なず、出口がある。 一句の仏号を唱え続ければ業を翻せる。 『仏説大乗無量寿荘厳清浄平等覚経』に従い、 道徳に依拠すれば、主となることができ、霊性は死なない。
